TRAILER-sh創設記❺

  • 2019.05.27

[プロデビュー]

2011年

初めての合同展示会を終え新しい年を迎える

「シャツ作家」として展示会デビューは果たしたものの、その後の活動については特に予定は無く、自分の作るシャツのクオリティーを上げる為に練習する毎日に戻った。

そして2月に買い付けでフランス-フィンランドに行った。その時はKuMA展出展の協力してくれた木場君と一緒に。

 

話は逸れますが、僕は2009年頃から定期的にパリに行っている

それは僕のもの作りにとって必要なことで、いつかパリの美学に対して表現出来る様になりたいという目標がある。

そして2018年にその目標を叶える訳ですが、それはまた別の機会に書きます

 

旅から戻ってすぐ熊本の百貨店から連絡が入る

紳士服売り場でカジュアルシャツのオーダー会をしませんか?というオファーである

そうKuMA展で声をかけてくれた渡邊シンジさんの計らいで百貨店デビューする事になりました

しかも4月と5月に2回。1回目の受注分の納品を2回目の受注会の時にして欲しいとの事でした。

その時の僕は全て「Yes」としか答えないくらい何も考えず気合いだけ満タンだった。今思えば本当馬鹿でした。

1回目の受注会で付いたorderは30着。僕にとっては信じられないくらいの大成功でした。しかし、これを3週間後の2回目の受注会で納品しなければならない。今の僕ならイージーな事ですがwこの時の超未熟な僕にはとてもじゃ無いけどスペックオーバーな仕事です(この頃のお客様には本当ご迷惑おかけしました)

2回目の受注会の前日熊本入りするのですが、5日間寝ず、空港に向かうタクシーの中でも縫って、熊本に到着してKuMA展で友達になった作家さんの家でミシンを借りて夜中の2時まで縫って終わらせた、、、

当然内容は全然ダメで、クレーム3件作って、百貨店にご迷惑をおかけしまくりました。

それでも2回目の受注会が始まる。order数は50着、、前回の反省を生かして納期は沢山設けて頂きました。

百貨店の担当スタッフの方に沢山フォローして頂き何とか2回目の納品も終えましたが、このプロデビュー戦で僕は沢山失敗して(させて頂いて)多くの事を学びました。

自分の実力不足は勿論の事、実力の伴わない気合いは何の意味も無い事や、スペックオーバーの仕事をしても誰も幸せになれない上にお客様に迷惑が掛かる。自分の限界点を意識して仕事する事の重要性を知りました。

そして、不謹慎かも知れませんが合計80着の縫製の中で技術的にも上達しました。

そんな失敗だらけのデビューをしたにも関わらず、その百貨店はその後もずっと僕に表現の場を与えてくれました。

全ては渡邊シンジさんの心遣いだと僕は知ってます。そして彼とは今でも酒を飲みながら夢を語る仲です。

 

そして2012年以降シャツブランド TRAILERがブランドらしくなる出会いがこの年にあるのです

 

episode❻につづく